第九話 人修羅です……クラスメイトが人間離れしてきてるとです……
氷川の行方を失った俺は、イケブクロに戻ってきていた。 氷川の奴がナイトメア・システムでマントラ軍を攻撃したのは間違いない。マントラビルの地下牢に囚われた勇の身が、心配だった。 ターミナルを出て、駆け足で本営ビルへと向かう。 通路を抜け、本営に続く扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、赤い光を立ち上がらせるマントラビルの姿だった。 あれは……マガツヒ? それは今まで見た小さな灯りのような、可愛らしいものではなかった。ビルの壁面を赤いうねりが走り、滝が逆流するように天へと注ぎ込まれている。マントラ中のマガツヒが吸い上げられている様だ。 だが、マガツヒの奔流の異様さとは対照的に、ビルそのものは何事も無かったかのように佇んでいる。中の悪魔だけが攻撃を受けているのだろうか? これだけの量を吸い取られたら、一体どうなってしまうんだろう。 ただの人間である勇など、ひとたまりもないんじゃないか? 中の様子もわからないままに、俺は正門を押し開けて陣地内に押し入った。 そして、そこで待ち構えていたのは、確かに予想外のものだった。 「久しぶり」 高い天井を支える柱の影から、聞いた声が俺を出迎えた。 ……千晶。シブヤで再会して以来、行き先の知れなかったクラスメイトが、そこにいた。 突然の邂逅に面食らった俺は、驚きやら疑問やらで頭が一杯になってしまったまま、立ち尽くしてしまう。無事だったのか。見たところ目立った怪我とかはしてないみたいだ。良かった。でも何で此処に。 千晶は事も無げに、こう説明した。 決闘裁判に勝った悪魔がいると聞いた。その悪魔は俺だと思った。だから此処までやって来た。 ──いや、だから誰に聞いたんだって。前提からしておかしいだろ。 勇といい、この千晶といい、まったくバイタリティのある連中だ。しょっちゅうヘコんでいる俺より、よっぽどボルテクス界に順応しているんじゃないかと。 少なくとも、目の前のクラスメイトはおびえた様子を見せるどころか、肝の据わった笑顔でこちらを見つめている。 そして、その唇が俺の名を紡いだ。 「ねえ篠雨くん、是非、聞いて欲しいことがあるんだ」 物陰から歩み出た千晶の全身が、篝火に照らし出される。 千晶はゆっくりと足を進め、俺と向かい合うように立ち止まった。 ……正面にすると、俺の目線は僅かに千晶を見下ろす形になり、このクラスメイトが自分よりもずっと小柄で華奢なのを改めて認識できた。シブヤのディスコで別れたときにも、気づいていたはずだった。千晶は俺と違う。悪魔じゃない、普通の人間なんだ。 俺が思っているよりずっと、辛い事は多かったはずだ。 分かった、聞いてやるよ。俺は千晶の次の言葉を待った。 「わたし、創世やってみようと思うんだ」 ──は? 教室で放課後の予定でも話すような声音と、内容のギャップに、凍結する俺の思考。 そんな俺に気づいてか気づかないでか、千晶は「おかしなこと言ってるかな?」などとこちらの顔色を伺ってくる。待て、それは突っ込み防止のつもりか。いくらなんでも白々しいぞ。分かってて言ってるんだろ。俺は無言で白けた目線を返す。 それでも千晶は俺の理解を得ようと必死に弁解した。「突拍子も無い考えかもしれない」と前置きしたあと、受胎の瞬間に「声」を聞いたのがキッカケなんだ──そう主張する。 俺も聞いたはずだろうと詰め寄る千晶。 確かに俺も聞いたよソレ。お前イラネとか言われたけど。 ンな事わざわざ話す気になる筈もなく、黙って誤魔化しておくと、ますますヒートアップする千晶。彼女の主張は物騒な方向へとシフトしていく。 前の世界は不要なものが多すぎた。だから世界は耐えられなくなったんだ。生き残った私は選ばれた存在。皆死んでしまったのは悲しい。でもこの悲しみを飲み下しさえすれば、ここでは無限の可能性が手に入る。 そう、悲しみを飲み下しさえすれば── その言葉は、俺に言っているというより、千晶が自身に言い聞かせているように聞こえた。 なぜなら、言い終えた彼女の表情より、悲しみの色が消え失せていたから。 千晶がひとことを紡ぐ度に、かつての俺達が、教室が、一緒に過ごした時間が、初めから無価値なモノであったかのように崩れ去って行く。 千晶の恐ろしく透き通った瞳の中で、俺はその光景を、確かに見ていた。 千晶は、シブヤで別れた時の千晶では無くなっていた。 俺が生きていたことを喜び、皆を探しに行くと言って出て行ったクラスメイトはもういない。 ──いや、受胎を生き残った時に、俺達は既に変わってしまっていたのかもしれない。 追い討ちをかけるような千晶の宣誓が、二人きりの空間に響く。 不要なモノを排した、優秀なモノの世界。ヨスガの世界を作ってみせる。 この世界で勝ち残ってきた、篠雨くんなら分かるよね──? ──分からない。千晶、俺には無理だ。 だって、東京が死んだとき、俺だけ助かっても嬉しくないってことを知ってしまったから。 お前なら分かってくれると思ってたんだけどな。 あなたなら分かってくれると思ってたんだけどな。 平行線上に立った俺達は、互いに見つめあうしか出来ない。もう決して、同じ方向を見ることはないのだろう。直感的に、俺はそう理解していた。 ……それでも、残念そうな千晶の表情に、俺の胸は殊勝なくらい痛みを覚えていた。負い目を感じる理由なんて何処にもないのにな。 自分の考えを曲げるつもりはないと言い切る千晶が、やっぱり見知ったクラスメイトにしか思えなくて、俺には放っとけなかった。鬱だ。 千晶は、ヨスガの世界を創るために旅立った。ヨスガは強いものの世界だから、俺の手は借りない。自分で何とかして見せると言って。 在りし日の笑顔で残してくれた別れの言葉だけが、俺の心を軽くしてくれた。 ──また会いましょう。 千晶が立ち去った後の空間で、俺は立ち尽くしていた。けれどそう時が経つ前に、勇の安否を確認するという本来の目的を思い出す。千晶が勇の無事を知っているのか気になったが、今となっては本人に聞くこともできない。まずは勇と俺が生き残る事が先決だ。再会を願うのはそれからでいい。 俺は玄関を通り抜けて、地下牢への道筋を辿った。 マントラのオニ達は力を吸い取られているらしく、その酷く辛そうな姿を何度も目の当たりにする。周囲では悪魔達から漏れ出したマガツヒが光の粒となり、ゆるゆる立ち上りながら建物中を照らしていた。 ナイトメア・システムの威力は絶大の様だった。マントラ軍はすっかりパニックに陥っている。 目指す牢獄のフロアも、警備はすっかりザルになっており、牢番が力尽きている間に多くの囚人が脱走を果たしていた。すれ違う奴らの中に勇の姿は無い。 勇はとっくに逃げおおせたのだろうか。あいつ、新宿衛生病院でもフォルネウスの目を盗んで逃げ出したって話だしな。それが事実なら、少なくとも俺よりよっぽど要領がいい。 もし独房にいなかったら、それは無事脱出できたということだろう──そんな事を考えながら、収監棟への扉を開く。通路に足を踏み入れたところで、見慣れたキャスケット姿と鉢合わせた。 今まさに牢から這い出てきたばかりの勇だった。 「帰ってきたんだな、篠雨」 無事を確かめるように俺を眺め回す勇。いたって普段どおりの挙動で、ナイトメア・システムの影響は無い様に見受けられる。でも、その面はすぐに落胆の表情へと変わった。 「……先生、連れて帰れなかったか……」 俺の周囲に先生の姿を見つけられず、状況を察したらしい。勇はあからさまに肩を落として、ため息をついて見せた。だけど、遠征帰りの疲れが残っていた俺にヤツを気遣える余裕は無く、ただ無言で頷くしかなかった。 「オマエでも駄目か……その悪魔の力、期待してたんだけどな」 諦めか、嘲りか。悪気は無かったのだと思う。何気なく吐かれた勇の言葉が、俺の胸をすりつぶす。 俺だって、自分なら何とか出来るかも……なんて考えたりしてた。だから、無力なお前の代わりに先生を助けてやろうなんて偉そうな事考えて、敵の本拠地くんだりまで足を運んで……それでこのザマだもんな。 悪かったよ、期待はずれで。 どこかで労いを期待していた俺が、たまらなく嫌になった。俺の馬鹿。鬱だ。 「こんな世界でウロウロと、なにやってんだろうな、俺ら……」 全く、だ。……俺の場合割と満喫してたりするけど、勇にとっては笑い事じゃないわけで。 しかし落ち込んでいるばかりの勇でもなかった。俺がダラダラと悪魔ライフを繰り広げている間に、勇は囚人仲間から情報を集めていたらしい。マントラの拠点のひとつであるカブキチョウ捕囚所に、未来を見通せるマネカタが囚われているのだとか。そいつはマントラ軍の崩壊も予見していたほどごっつい予知能力の持ち主だそうだ。 勇曰く、その予言者に会えば先生の行方やこれからの目処がつくのではないかということ。 「オレ、そいつを捜しにカブキチョウへ行くよ。 どこにいたって危険には違いないんだ、オレは可能性のある方へ行くぜ。 じゃあな」 随分ムシのいい話にも聞こえるが、そういうポジティブシンキングは嫌いじゃない。 仕方ない、手伝ってやるか。──ってじゃあな!? あああ、もういないっ!! 一人でさっさと出て行きやがった!!!! ……戦力外通告か、そうなのか。 一気に押し寄せてくる徒労感。勇も千晶も、放っておいていいような気がしてきた。 何なんだあの異常なフットワークの軽さは。 こんな事なら同じ悪魔の心配でもしてたほうがマシかもしれない。 そうだ、直撃受けてるっぽいゴズテンノウは大丈夫か? 既に済めば都となりつつあるマントラ軍。このまま潰されるのを見ているのもな。 ゴズテンノウにはハッキリと恩だって有る、様子を見に行くとしよう。 |
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