第十話 マントラ軍崩壊

 マガツヒの明かりが空中を灯す中、ゴズテンノウの居る64階を目指す。
 ……この状況で襲い掛かってくる悪魔どもは一体何がしたいんだろう。今はマントラの一大事じゃなかったのか? 小一時間問い詰めてる暇も無いので、鉄拳制裁を加えながら足を進めることにする。この世界で誰かを心配するほど、空しい行為も無いかもしれない。
 そんな俺の心を癒してくれたのは、バイブ・カハが道すがらに仲魔になってくれた事だ。1500マッカほど貢いだ果てに、ようやく彼女は心を開いてくれたのだ。ちなみにアラハバキの説得はまったく効果をなさないことが分かった。あの物体に説得されるのは俺でも嫌だと思う。

 そんなこんなでゴズテンノウの居室に到着。
 彼を祀る祭壇の上では、祭祀のマネカタが壊れたエンジンみたいに全身をわななかせ、あからさまに尋常ではない様子を見せていた。確かに、何の前触れもなく身をぶるっと振るわせるのはマネカタの特徴的な動きの一つだった。けれど、目の前のそれはそんな生易しい動きじゃない。不気味な律動を繰り返すマネカタに視線を釘付けられていると、頭上から聞いた声が響く。

「来たか、猛き悪魔よ──」

 見上げたゴズテンノウの姿は、かつての見る影も無かった。
 紅く燃えるようだった巨躯のそこらじゅうにひびが走っている。深く入った割れ目から、マガツヒの噴出す様が痛々しい。……俺の目からでも、最早その身が長くは持たないと見て取れた。
 俺はゴズテンノウが今わの際に遺そうとする言葉に耳を傾ける。
 どうやら、マガツヒの流れを狂わされているのはこの首魁だけでなく、その配下全てに及ぶそうだ。原理は分からない。けれど俺はあの氷川の自信たっぷりな姿を思い浮かべ、最早マントラは事実上崩壊したのだと悟る。抜き取られたマガツヒは、氷川の野望を果たすために使われるのだろう。氷川の奴は本当に創世とやらをやってのけるかも知れない。抜け目無くて、それでいてやることは大胆で、完璧。インテリ然とした氷川だが、その本性と事を構えるには、ゴズテンノウでさえ役不足だったと言うわけだ。

「おのれ、憎しやニヒロ! いかなるカラクリを使いおったのか!」

 祭壇のマネカタが叫んだ。マガツヒを吸い取られ、のたうちながら、ニヒロへの呪詛を吐き散らす。だがやがてその言葉は力を無くしていき、おいたわしや、おいたわしやと背後のあるじに語りかけるのみとなる。
 ゴズテンノウの身体はもはや、崩壊の兆しを見せ始めていた。ひびの入った箇所よりパラパラと破片が落ち、あたりに粉が舞い散る。
 哀れ、かもしれない。それは、決してこの悪魔に持ってはいけない感情だ。けれど、自らの無力に嘆く「力の主」を前に、俺はただただ静かに横たわる哀れみを感じていた。
 だが、ゴズテンノウは、怒りをたぎらせて声を張り上げた。

「我は滅びぬ! この身は滅するとも、我が精は死なず!
 いつか、我が力を得るにふさわしき者が現れる。その者をして、必ずや復活しようぞ!!」

 ゴズテンノウの怒号が俺の耳を劈くたびに、彼の身体は崩れていった。語気が荒ぶれば荒ぶるほど、崩壊の速度は早まって行く。だが、それでもマントラの首魁は言葉を止めようとはしなかった。

「力無き世に何の価値があろうか!! 我は忘れぬ! 身を焦がしたるこの憤怒!
 必ずや……必ずや、力の国を再興せん!!」

 その言葉を最後に巨体が爆発し、ゴズテンノウは音を立てて砕け散った。
 床も、マネカタも、部屋の何もかもが残骸によってあっという間に埋め尽くされていく。
 そして、炸裂音。
 仁王の如き形相のまま、ゴズテンノウの首はその身を離れ、俺の眼前に落下した。

 頭だけになってなお、両の目が俺を凝視し続けている。
 その目から光が消え去るまで──俺は一歩も足を動かす事が出来なかった。




「やはり、そこにいたのか……」

 ふらふらとゴズテンノウの間より歩み出た俺を、一人の悪魔が待ち構えていた。
 マントラ軍の副将、トールだ。俺は静かに向き直り、雷神と対峙する。……トールの身体からマガツヒが流れ出ている様子は無いが……
 いぶかしむ俺に、トールは自分がマントラを離れる旨を告げた。要約すると、ゴズテンノウのやり方は間違っていたから、トールはトールで強者の国を求めて旅立つらしい。なるほど、すでにマントラを見限っているからシステムの影響を受けてないって事なのだろうか。
 強者の国を目指そうが修羅の国を目指そうが、一向に構わない。ここで足踏みしていても、最早なせる事なんて何もないだろう。
 だから俺は、止める理由なんて持っていない。トールも別に、俺に止めて欲しいなんてこれっぽっちも思っていないだろう。奴が声をかけてきたのは、別の理由があるからに違いなかった。

「真の強者が支配する国を目指して、俺は旅立つ。
 もしお前が真の強者なら、また会うこともあるだろう」

俺は頷く代わりに、トールが身を翻すまでその双眸を見据え続けた。
一度はトールに圧勝した身だ、そう簡単に他の悪魔の餌食になってやるつもりはない。




やがてトールは立ち去り、もはやゴロツキまがいの残党だけがイケブクロに残った全てだった。
駅に戻った俺は、天井の隙間から望めるサンシャイン60を見上げている。

わずかなりとも居心地がいいと思ったマントラ軍は、氷川の手によってあっけなく瓦解した。
俺はその残骸を、見上げている。

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