第十三話 馬鹿の東奔西走


 謎の装置から噴出した煙は、俺たちを蜃気楼の世界へと誘った。
 煙が晴れた後の光景はぱっと見、玉をかざす前の廃ビルと大差なかった。
 ただ、通路も壁も陽炎のように揺らいでいて、褪せた写真のような色彩に変わっている。
 しばし探索を続けたが、そのうちに俺は“蜃気楼”の正体を示すものを見つけることが出来た。
 床と思って歩いていた地面に蛍光灯のアタッチメントが備え付けられており、天井からは段ボールや壊れたディスプレイなどがぶら下がっているのだ。天井にそれらを固定するような道具は見当たらない。俺はふとマップを確認し、ある考えに思い当たった。
 装置を作動する前のマップと、作動した後のマップはぴったりと合致した。
 蜃気楼の中と、元の世界は、カガミ写しに天地を逆転させた関係なのだ。
 捕囚所のビルは酷く老朽化しており、床の崩落した穴や廃棄物の山が道を阻んでいる。謎の装置を使い、蜃気楼の中を通る事で、初めてすべてを回れる仕組みになっているらしい。
 プラスチックで出来た立方体のおもちゃを思い出した。中は穴の開いたプラスチックの板で仕切られており、銀色の玉が封入されている。箱をくるくると回転させる事で玉は穴をくぐりぬけ、スタートからゴールまでたどり着く事が出来るというわけだ。この捕囚所で言うなら、俺が銀玉の立場というところか。
 立体パズルに苦戦しながらフロアを上がって行く。
 天地が逆転しているほかにも、蜃気楼には秘密が有った。
 蜃気楼の中にいる限り、悪魔やマネカタの姿を表の世界から確認する事は出来ないらしい。表の世界にいた思念体は変わらずに(上下逆さだけど)その場に立っていたので話しかけてみたのだが、反応がないことから分かった。
 そして、来たばかりの時に聞こえた助けを求める声の正体もすぐに知るところとなった。
 人気のなかった表の世界と違い、こちら側はいたるところで、マネカタが責め苦に喘いでいたからだ。
 無人の部屋だった空間は、何故か蜃気楼の中でも上下逆転した牢獄となっていて、その中で大勢のマネカタが拷問を受けている。はりつけにされた奴、宙吊りにされた奴、どいつも苦悶のうめきを上げ、俺の姿を認めては助けを求めてきた。勿論、イケブクロの時と一緒で俺に助ける手段は無い。俺に出来る行為といえば、ここの大ボスであるミズチとやらをぶっ倒してやるくらいだ。最初からそのつもりだけどな。


 しかし、幾ばくもせずに俺は行き詰ってしまった。目当てのフロアへ降りる手段が見つからない。
 牢獄を見かけるたびに道を尋ねて回るが、奴さんたちは絶賛拷問中なのでロクな返事が返ってこない。参ったな。誰か話を聞ける奴はいないものか。
 次のフロアへ進む道を探して走っていると、ひとつの牢屋が目に入った。中にいるマネカタが何やら床(俺から見た天井)に這って手を動かしている。拘束はされていないみたいだ、こいつなら話を聞けるかな? 俺は作業中の後姿に向かって声をかけてみた。
 するとマネカタは、通常の三倍身体を大きく揺らして、こちらを振り向いた。

「……ギクッ! マントラ悪魔!?」

 驚愕に見開かれた目。何か勘違いされたみたいだな。敵意がないことを示すため、ノーリアクションで相対する。
 マネカタはすぐに俺が恐れるものじゃないと気づいたらしく、ほっとした表情を見せた。
 同時に、からんと何かがコンクリートを打つ音。
 俺は天井を見上げ、マネカタも床に視線を戻した。

「………? げげげ! スプーンが折れた!」

 柄と泣き別れしたスプーンの首が、転がっていた。
 近くにはそのスプーンで掘られたと思しき窪みが広がっている。
 なるほど、脱獄の準備中に話しかけられたからあんなに驚いたのか。
 納得する俺とは裏腹に、マネカタはすさまじい形相をこちらに向けた。何だ、どうした?

「どーしてくれんだ!
 もう少しで穴が掘れたのに……オマエのせいだ!
 オレにはスプーンが必要だったのに。責任とれ!!」

 えええ? それ、俺のせいなのか?
 驚かしたのは謝る。脱獄を中断させたのも謝る。
 でも、それとスプーンの強度が足りなかったことに何の因果関係も見出せないぞ。
 別に俺のせいじゃないよな……? それとも微妙な加減で変わるものなのか? 角度とか。
 だが、マネカタは変わらず俺の責任を追及し、糾弾の言葉を浴びせかけてくる。
 俺はと言うと因果関係を整理するのに必死で、彼の言葉は右から左に脳みそを通過するだけだった。
 うーん。俺が声をかけたことで手元が狂って、力の入れ具合を間違った──そういうことなら、こっちにも非があるかもしれない。でも責任取れって言われてもなぁ。一緒に穴でも掘ってやればいいんだろうか。

「そーゆーことだ。責任だぞ!」

 え。

「だから責任だぞ。早くしろよ!」

 ……悪い癖だ。またまた俺が煙を吹いている間に話がまとまっている。
 一体どういう話だっけなんて聞き返したら、ますます機嫌を損ねそうだな……
 俺は適当に聞き流してしまったマネカタの言葉を、必死で反芻する。
 スプーンを壊した事をどなられまくって……そうだ、スプーンが必要だって言ってたな。責任とってスプーン取って来いとか言われた気がする。問題はどこに取りに行けって言われたかなんだけど……

「お前、実はスプーン持ってんじゃないだろうな?」

 とても確認できる雰囲気じゃない。俺は首を左右に振って、逃げるようにその場を後にした。
 ──参ったなー。スプーンなんて何処で拾ってくればいいんだ。
 だいたい悪魔ってスプーン使うのか。まともな料理を食べてるイメージが浮かばなければ、そもそも料理なんて作るかどうかだって怪しい。
 俺は悩んだ末、意見を求めるべく仲魔を召喚した。

キクリヒメ「スプーン、ですか。わたくし達は箸派ですから存じませんわ」
オルトロス「すぷーんッテ ソレ ウマイカ? アオーン! オレニモ クワセロ!」
アメノウズメ「ってか、アタシ達のご飯ってー、ぶっちゃけ吸魔っていうかー。
       そういやマスター最近ごぶさたじゃーん? たまには頂戴よー」

 予想通り、お話にならない。

ハイピクシー「わたし達は使わないけど、篠雨達は使ってたんでしょ?
       だったら、人間の道具が残ってるところ探せばいいんじゃないかしら」

 それもそうだな。そういえば、そういう人間のアイテムを集めてる奴がいなかったっけ。
 俺から見たら全然価値がなさそうなのまで、収集してる奴が。
 ノド元まで出掛かってるんだが、誰だか思い出せない……お前ら分からない?

アメノウズメ「それって、ギンザのロキじゃーん! 間違いないって!」

 おお、ナイスだアメノウズメ! さすがハイピクシーに次ぐ古参なだけ有るな。
 ちょっと遠出になるが……どの道次のフロアに進む道も見つからなかったんだ、今度こそあのマネカタから聞き出すしかなさそうだしな。
 俺は早速ターミナル部屋へ移動し、行き先をギンザにセットした。



〜ギンザ〜

 BARマダムの看板を前に、俺はたたらを踏んでいた。
 ……良く考えたら、俺、ロキの千円札盗んでるんだよな。
 あれから随分と時間が経っている今、奴が真相に気づいていてもおかしくない。そんな俺がのこのこ目の前に出て行って、スプーン持ってますかとか尋ねられるだろうか。物凄く無理な話のような気がする。

アメノウズメ「なら、もう一回盗めばいいんじゃないの?」

 ……気が進まないが、俺よりレベルが20近く高い悪魔と戦うよりは、はるかに現実的か。
 俺は近くの出口からギンザ駅を出て、BARマダムの裏口へと向かった。
 一度泥棒が入っているのだから警備が増えているかと思ったがそんなことはなく、あっさりロキの部屋までたどり着いてしまう。
 こんなに無防備でいいんだろうか。もしかしたら中にトロールが詰めてるとかないだろうな。俺はいつでも逃げ出せるよう心の準備をして、扉を開け放った。

キクリヒメ「……」
アメノウズメ「……誰もいないよ?」
オルトロス「アオーン、敵イナイ! オレサマ カタスカシ!」

 室内に侵入したオルトロスが、不満げに炎の吐息を漏らしている。確かに誰もいないようだ。誰もいないどころかこれは……

ハイピクシー「もぬけの空ってヤツね……」

 俺達が以前荒らした分どころか、生活の気配(あるのか?)らしきものがさっぱり消え去っている。まるで、あれ以来誰もこの部屋に入っていないみたいだ。
 俺はロキと面識の無いアラハバキに命じて、BARの様子を見に行かせる事にした。
 その間も手分けしてスプーンを捜索するが、役に立ちそうなものは見当たらない。
 待つこと5分、アラハバキが偵察を終えて戻ってきた。……おいちょっと待て。やけにふらふらしてるな。それと、その頭の周りをふよふよしてる星はなんだ。

アラハバキ「むふう、酒なるものは美味であるな。まだむの歓待で我はご満悦であるぞ」

 近くにあったワイン瓶でドタマを殴りつけた。が、物理無効なので効いてない。
 俺は女性陣に命じて衝撃魔法を全弾発射させた。アラハバキは逃げる間もなく灰になった。荷物をあさるとマッカが減っている。鬱だ。アラハバキのヤツはあとで宝探し24時間の旅に出てもらおう。
 改めてディースに様子を見てもらってきたが、どうやらロキはギンザから姿を消したらしかった。

ディース「そういえば、ロキめはニヒロに属する悪魔だと聞いたことがありましてよ。
     氷川の撤退と一緒に、本拠地へ移動したのかもしれませんわ。
     あと、マダムニュクスにもスプーンについて伺ってまいりましたけど、
     BARにあるのはバースプーンだけという話です。
     とても穴掘りに使える代物では御座いませんわね」

 俺はディースを労い、ストックへと戻した。
 参ったな。千円札があるならスプーンのひとつやふたつ見つかると思ったんだが……ん?
 俺の脳裏に、ある人物の姿がひらめいた。
 そうだ、千円札だ。その千円札を持ってくるように命じた、ガラクタ好きのマネカタがいたじゃないか。ロキに劣らず妙なコレクションで一杯だったあいつの根城なら、穴掘りが気に入るスプーンが見つかるかもしれない。
 善は急げ。すぐさまロキの居室を後にし、ギンザ大地下道へ向かうことにした。



〜ギンザ大地下道 ガラクタ集めの部屋〜

 俺はがっくりと、地面に両の手をついた。
 ターミナルを利用して急いで訪れたガラクタ集めの部屋は、またしてももぬけの空だった。
 ガラクタ集めだけではない。マネカタたちによって不思議な賑わいを見せていた大地下道は、いまや外道の闊歩する悪魔の巣窟となっている。
 俺は早足で、あちこちの部屋を見て回った。
 当てが外れた憔悴もあったが、マネカタたちの行方が気になったのだ。一体どこへいってしまったのだろう?
 あらかた無人を確認してターミナル前に戻ってきたところで、待機していたハイピクシーが声をかけてきた。

ハイピクシー「ええっとー……非常に言いにくいんだけどー……」

 こちらの顔色を伺って、言葉を選んでいるようだ。続きを、と目線で促す。

ハイピクシー「……ここのマネカタって、
       とっくにカブキチョウ捕囚所につかまってた、よね……?」

 ……。
 …………!! な、なんだってー!!!?
 あまりの驚愕に言葉が出ない。もしそれが事実なら、ありえない遠回りをしていたことになる。

ハイピクシー「ほ、ほら、マネカタって顔の区別つかないから、
       もしかして篠雨、気づいてないのかな〜って……
       ……余計なこと言った?」

 仲魔にフォローされるくらい阿呆一直線な俺。激しく鬱だ。
 俺は力なく首を左右に振り、何も答えずにターミナルルームへと向かった。
 穴があったら入りたい気分だからアマラ深界に引篭もろうかと誘惑が掠めたが、すんでのところで思いとどまる。
 大人しく行き先をカブキチョウ捕囚所にセットして、俺はアマラ径路へのゲートを開いた。



<プレイヤーのつぶやき>
実話です。本気でギンザ→地下道まで探しに行きました(ノД`) 作中ではアメノウズメがギンザ行きを主張していましたが、真犯人は記憶能力に著しく問題のある我が母親ですorz おかげさまでコネタになりましたけどね(ノ∀`) こうやって、普段の仲魔との会話を考えるのは楽しいです。

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